クリエイティブと鼻の穴

コピーライターの袋とじ

金正恩アイドル化計画

「もしも北朝鮮がクライアントやったら、どんな企画を考える?」と聞かれてチヂミが喉に詰まった。げほっ。そんなことは、考えたことがございやせん。それに、それは冗談にでも言うたらあかんことです。なぜなら、暗に殺すと書いて「暗殺」という言葉があるように、公に表明しようものならぼくはもう堂々と外を歩けんようになります。空港のターミナルで背後からヒタヒタと何が近づいてくるんですか。スプレーですか。毒針ですか。ガスですか。何ですか。もう、ずっと後ろが気になりすぎて、首もげますわ。勘弁してくださいよ〜ホンマッ! と思わず咳き込みながら言ったけど広告業界の鬼畜・人でなし・尿管結石クリエイティブディレクターのH氏は「で?」と言ったまま一切表情を変えずぶ厚いレンズ越しにわたしをガン見している。

 

……あかんやつや。これは、逃げられへんやつや。わたしは、ちょっとだけ、考える時間をもろてもいいですか? と言っておしぼりを折り畳んでおデコを拭い、そのあと鼻の下を拭い、耳の裏を拭いた。お猪口に残った日本酒をぐいっと一気に飲み干した。

「いわば究極の思考実験や。『アウェイ』なものを、いかにメインストリームにブチ込むか。それが広告のダイナミズムやろ?」

「知りません」

「ほいで、いま世界で一番アウェイなもんは何や? それは北朝鮮や。ムチャクチャやあの国は。ヤクザが政治しているようなもんや。せやろ?

「ちょっと、何を言っているかわからないです」

「なんやお前、逃げてるのか?」

「今は家に帰りたいです」

「企画、考えて」

「お腹が痛いです。あと、早くおばあちゃんに会いたいです」

「おばあちゃんは、俺が預かった」

「……なんですの? それ」

「五案考えたら、返したるわ」

「そこは二案でいいでしょう!」

「おま、おばあちゃんがどうなってもええんか!」

「泥酔してるでしょ? Hさん」

北朝鮮

「不穏な単語だけ言うの、やめてください」

「朝鮮民主主義人民共和国の第三代最高指導者・金正恩」

「ね。お愛想しましょ、今日は」

「アカン! 金正恩を、なんとかせえ」

「一個人の手に負えることと、負えないことがあるでしょ」

「お前もプロやったらな、広告でな、アイツをなんとかしたれ。うんこスレスレまで落ちたイメージを、北川景子レベルにまで引き上げろ」

「ぼくがだいぶ位の高い神でも、無理やと思います」

「すごいなあ。神でもでけへんことが、コピーライターにはできるねんもんなあ。いやあ、尊敬するわあ君の職業」

そう言ってパチパチ……と手を叩きはじめたHさんを見てわたしはついにあきらめた。完全に目が据わっている。これは酔うと豹変する彼の人格のなかでもっともタチの悪いタイプで、わたしは「毒蛇」と呼んでいる。一度絡まれたら絶対に逃げられない。

 

●● 

 

そうして数軒の店をハシゴしながら(結局朝まで付き合わされた)H氏と悪夢のようなブレストを重ね、いくつかのプロモーション企画案が生まれた。柿ピーがへばりついたB5ノートにぐしゃぐしゃに書き込んでいるので後で解読するのにずいぶんと苦労したし、解読できたとき「なんじゃこりゃ!」と頭を抱えたものがほとんどだ。そもそも、「北朝鮮のイメージをアップさせる」というお題がハイブローすぎて、もはやわたしの思考の範疇を超えている。そんななか、いくつかのアイデアを拾い集めてみた。これらはまったく荒唐無稽なネタに過ぎず、有り体にいえば悪ふざけである。このブログ以外のどこにも発表できる場所はない。つまり、このたびのエッセイは実に個人的な「企画供養」である。お線香の香りとともにお楽しみいただければ幸いです。

 

  • A案 ミッキーマウスとコラボレーション!

 

御国の最高指導者と、世界一の人気ものが夢の競演を果たすというドリームプラン。

光と音楽に包まれた幻想的なエレクトリカルパレードでは、金委員長が扮するミッキーマウスならぬ『ミッキムマウス』が登場! 本家ミッキーと肩を組み、フロートの上からちびっ子たちに笑顔で手を振ります。そしてミッキムマウスのマーチが高らかに響くなか、側近を次々と処刑(※実際はパフォーマンス。血糊の使用についてディズニーサイドと交渉中)。一〇一匹わんちゃんに容赦なく噛み付かれる側近の断末魔(録音)と、子ども達の歓声(ディズニーサイドに依頼し、事前にご用意いただきます)がシンデレラ城の上空で交錯。

また、ランドのそこここには『隠れミッキム』が。建物の木目や壁画の模様などがミッキムマウスのシルエットになっていたりして、それらを見つけて歩くのも楽しい。そんな夢と魔法と独裁の国へとユーザーを招待するキャンペーンを開催しSNS等で話題を集めます。

 

 

 

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 イラスト/石川恭子

 

  • B案 ライザップでスマートな体型に変身!

 

富裕層をターゲットとしたスポーツジムとして近年一躍ブレイクしたライザップ。有名人を起用することで「本当に痩せる」ことへの信頼性を打ち出し、サービス開始から三年で売上一〇〇億円を達成しました。

勢いに乗り本格的にアジアから世界進出を狙うライザップと、アジア大陸から世界征服をたくらむ御国がコラボレーション。

近年、将軍様としてのどっしりとした威厳と風格を備えられた金委員長様が、さらそのボディを美的にヴァージョンアップ。「ビフォー&アフター」のビジュアルとともにメディアにご登場いただくことで、国際社会の目に焼き付いて離れない、それはもう強烈なインパクトを与えます。

その費用対効果は計り知れず、八〇〇億ウォンは下らないものと試算されます。

 

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  イラスト/石川恭子

 

  • C案 ゆるキャラで国のイメージアップ!

 

「怖い」「不気味」「凶悪」「残酷」といった他国民の声に代表される御国のネガティブイメージ。それを払拭するには、マスコットキャラクターを使った打ち出しが効果的です。

それには熊本県をPRする「クマもん」や、滋賀県の彦根城のマスコット「ひこにゃん」のように、ご当地ならではの要素を含んだ、愛嬌たっぷりの「ゆるキャラ」であることがポイント。

では、御国のゆるキャラとはどんなものか? かの有名な準中距離弾道ミサイルをモチーフとした『テポどん』というのはどうでしょうか。おそろしい戦闘兵器でありながら、「西郷どん」のようにホンワカした呼称が愛らしく、そのギャップとも相まってたいへんに親しみがもてます。人気が爆発するのも時間の問題ではないでしょうか(テポドンだけに)。

 

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   イラスト/石川恭子

 

もちろん、テポどんグッズも販売します。テポどんオリジナルTシャツや、テポどんトラップ、テポどんエコバッグ、テポどん抱き枕……なかなか手に入らないレアなアイテムを用意することでファン心理をくすぐります。

またテポどんは、さまざまな催しにも登場! 金日成広場で行われる平壌市内の祝賀イベントはもちろん、各国の首脳が集まるサミットにもアポなしで参上。頭上に備え付けられたスピーカーから「金日成将軍の歌」など平壌放送をエンドレスで流します。

さらにテポどんには「ここぞ!」の場面で飛び出す三種類の決めゼリフを用意します。

 

「無慈悲な鉄槌を下す」

「予告なしで攻撃する」

「想像を超えた惨禍が生じ得る」

 

これらを駆使し各国首脳を威嚇。議場を攪乱し、異様な緊張感を演出することで世界にその存在をアピールします。

 

  • D案 アイドルユニット「喜び組」で全米ナンバーワンを目指す!

 

御国北朝鮮の幹部を歌や踊り、そして性的サービスで接待する『喜び組』。メンバーは十八歳から二五歳までの選りすぐりの美女で構成され、入隊する絶対条件は「処女であること」とされています。

そんな喜び組を「国家的アイドルユニット」として売り出し、金委員長みずからプロデュース!KN-POP(北朝鮮ポップス)で全米ナンバーワンを狙います。

それが成功すれば、他国に後塵を拝している文化的イメージを払拭。人気アイドルがいる、明るくてノリのいい国としてティーンエイジはもとよりM1層・F1層の好感度アップが見込まれるでしょう。また観光客の大幅増加にもつながります。

しかしただ「アイドルを擁する」だけでは弱い。そこには、これまでにない独自のコンセプトが必要です。ではどのようなコンセプトを立てれば注目度を得られるのでしょうか。

御国は世界でも類を見ない軍歌大国。「朝鮮人民軍歌」「遊撃隊行進曲」「進軍また進軍」「将軍様のおかげ」「革命のために」といった膨大な数の朝鮮軍歌が存在します。喜び組は自国に伝わるこれら定番軍歌をカバー。現代風にアレンジしてかっこいい動きを取り入れたダンスなどの振り付けも加えます。

喜び組のコンセプトは、ズバリ「軍歌を歌う処女アイドルユニット」。字面のあまりのゲスさをのぞけば、意外性・インパクトは充分です。

 

  • E案 熱血刑事役でドラマデビュー!

 

金正男氏の暗殺疑惑をはじめ政権ぐるみでの偽造ドル紙幣の製造、麻薬の密売といった風評被害に悩まされる御国。「犯罪国家」という不名誉なレッテルを返上するため、金委員長みずからその対極となる「善玉キャラ」を演じる役者としてテレビドラマへ出演。メディアを活用したイメージ戦略によって活路を切り拓きます。

 

〈あらすじ〉

 

平壌警察署の捜査一課に勤務する金刑事は、そのユニークな髪型から「黒電話」のニックネームで親しまれる正義漢である。大好物は小籠包。愛嬌のある外見からは想像もつかないほど、彼のハートには熱々の肉汁の如き刑事魂が宿っている。

事件発生を告げる電話がかかってくると、彼の頭がけたたましく鳴る。「もしもし」と頭上の受話器を取って応対する金刑事。

 

 

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   イラスト/石川恭子

 

「事件だ。大至急現場に向かってくれ」

ボスからの伝言を受け、金刑事は子どもが人質に取られた山奥の資材倉庫へ急行する。

「現金と引き換えに人質を解放する」という約束を反故にし、札束の入ったトランクを受け取るや倉庫にガソリンをまいて逃走する脅迫犯。直後に上がる巨大な火柱。山中に高笑いが響く。なんという凶悪な犯人であろうか! しかし金刑事は怯むことなく火の海に飛びこみ、柱に縛られた少年を救って殉職する。全身に酷いやけどを負い、巨大な小籠包みたいになって。

 

 暗転

 

病室の窓から暮れなずむ空を見つめる少年。

金刑事に命を助けられた彼は、もうつながらなくなった「黒電話」に電話をかけてみる。

 

トゥルルル……トゥルルル……トゥルルル……

 

留守番電話の無機質な発信音のあと、いつものように彼は明るく話しかける。

 

「잘 지내?(お元気ですか?)」。

 

●● 

 

いかがだったでしょうか。以上が、北朝鮮のイメージを劇的に回復させる架空のプロモーション施策案である。

実際の広告プランというものは、企画よりそれを実現する段階において多様な困難が生じるもので、その前提をすっとばしている時点でなんだかもうズルいというかあり得ないのだけれど、思考実験としてはそれなりの成果があったように思う。

ただ、悪ノリで発表していいことと、わるいことがあり、これがいったいどういう風に転ぶかわからないけれども、ひとつ、はっきりと言えることは、ぼくはまだ生きていたい。暗に殺すと書いて「暗殺」されたくはないということと、もしもそうなったとしたら、H氏を怨んで出ます。かならず。