クリエイティブと鼻の穴

コピーライターの袋とじ

飲む化 〜味覚の仙境〜

 2017

 

シュークリームで知られる「ビアードパパの作りたて工房」とのコラボ飲料「飲むシュークリーム」が発売された。既成概念を覆すシュークリーム味というのも驚きだが、発売元が「お茶づけ海苔」で知られる永谷園というのも面白い。マーケティングによると、スイーツ系飲料は意外にも男性に人気が高いそうだ。かつブランド力のある「ビアードパパの作りたて工房」とのコラボにより話題性にも事欠かない。2017年の新たなヒット商品になることは間違いないだろう。


長距離マラソンの給水所で「水をこぼしてしまってうまく飲めない」というランナーにも「飲むシュークリーム」はおすすめである。粘性が高いためこぼれにくく、いきおい急に水が口の中にドバッと入ってくることもない。また、肉体疲労時のエネルギー補給に効果的な糖分も同時に摂取でき一石二鳥。どろりとした、木工ボンドにも似た食感のシュークリームがランナーの乾いた喉を喉をやさしく潤す。人間ドックのバリウムを彷彿とさせる新たなシュークリーム体験は、「これ飲むぐらいなら早死にしてもいい」と思わせるのに十分な魅力を秘めている。

 

と、そういえば秋葉原では『カレーは飲み物。』という店が人気を博しているらしいし、東京駅の駅地下では、『飲む酢 エキスプレ・ス・東京』なる店が、店頭の一角を「酢カフェコーナー」とし、駅を行き交うビジネスマンにお酢のドリンクをふるまって話題だ。「酢カフェコーナー」というのは、字面で見ると理解できるが、先に耳から飛びこんできたのなら、まちがいなく『スカ屁コーナー』と認識されるように思われ、いずれにせよ馨しくも豊潤な自然の風味が楽しめそうなカフェである。

 

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そういった時代の徴候を鑑みるに、近年の食のトレンドは、『飲む化』やね。と一流クリエイターたるわたしは読み解くものである。

『飲む化』。それは来るべき次世代の嗜好性だ。これまで、「飲まない」とされていたものを「飲む」。あたりまえだと思われていた常識がくつがえされる。それにより、食のあり方もがらりと様変わりするだろう──。今回のエッセイでは、そんな未来の食のトレンドをじっくりと検証・考察していきたいと思う。

 

 2018

 

『飲む化』に共通する事項は何か。それは、意外性である。さまざまな料理のレパートリーが出尽くし、飽和状態となった現代。そこに新たな品目を追加するのはむずかしい。だからこそ、これからは「意外性」こそがウケる食のキーワードになり得る。

まず、考えられるのが『そんなものを飲むのか』という発想である。2018年あたりは、人々の先入観をさらにくつがえすようなものがヒットするだろう。

たとえば『飲む瓦煎餅』や『飲む八ッ橋』といったように、ハードなイメージがある食品を飲みものにしてしまう。これが新しい潮流を巻き起こすのではないか。高齢化社会という国の背景もあって、固いものを食べられなかったお年寄りのニーズも見込める。

 

 2020

 

「意外性」への流れがさらに加速し、先鋭化していくのが2020年である。この年の上半期に大ブレイクするとみられるのが、

『飲む骨付きカルビ』

「意外性」にくわえ、「猟奇性」をも併せ持つこの焼肉ドリンクは、新しいもの好きのヤングジェネレーションに受け入れられる。

もちろん、目新しいだけではない。肉はこだわりのA5ランクの近江牛を使用しており、職人が備長炭で小一時間しっかりと焼きあげる。またパッケージも斬新だ。昔なつかしのラムネのガラス瓶をリバイバルし使用している。そのくびれのところには、ビー玉のかわりにカルビの骨が入っており、振るとカンラカラと鳴る。それは忘れさられた昭和の郷愁を纏った夏の風物詩として人々に愛されるヒット商品となる。絶対である。

 

 2022

 

そろそろ出るだろう、出るだろうといわれ、なかなか出なかった新商品が発売される。それが、『飲む幕の内弁当』である。

だれもが「飲む化」をあきらめていながら、心のどこかで期待していた『飲む幕の内弁当』。京都の老舗料亭「松乃井」監修のもと登場した斬新なこのお弁当ドリンクが醸し出す複雑怪奇な味のハーモニーは、もはや人知の及ぶところではない。

白米、海老フライ、キャベツ、お新香、カマボコ、シューマイ、玉子焼き、焼き魚、梅干し、パセリなどが溶解したどろどろの流動物となり、喉元を下水のように駆け抜ける。

「もう、何を飲んでいるのかわからない」という人もあるが、五感を研ぎ澄ませて味わえばそんなことはない。

「あっ今、柴漬けが見えた!」

とか、

「白米の上でシューマイがバウンドした!」

と言えるようになれば、味わい方にも崇高な奥行きが生まれる。それが「味覚の仙境」と呼ばれるものである。

 

 2024

 

『飲む幕の内弁当』の全国的なヒットを受けて、鉄道各社も駅弁の「飲む化」に踏み切る。『飲む釜飯』や『飲む牛肉弁当』が次々と商品化。

JR北海道でも、満を持して郷土料理であり駅弁の定番である「いかめし」をドリンクにした、『いいんでなイカい?』を発売。これは、北海道弁である「いんでないかい?」(いいんじゃない?)とイカを引っかけた画期的な新商品である。

ネーミングのセンスが古い、という指摘があられるかもしれないが、そういった点においてもターゲットであるシルバー世代のスタルジーをくすぐる仕掛けとなっており、始終抜かりはない。

 

 2029

 

この頃には「飲む化」ブームはもうだいぶ沈静化している。終焉間際に大阪難波の鉄板焼き店が『飲むお好み焼き』なるものを出したが、これがすこぶる評判が悪かった。あまりにも嘔吐物をほうふつとさせるビジュアルと、生ぬるく絶妙な粘度をともなった食感は一部の過食嘔吐によるダイエッターが最後の「シメ」に使えるとSNSで話題にしたぐらいで、一般の消費者の反応は「深夜の駅の自販機の裏を彷彿とさせる」「紅ショウガの赤が特に気持ち悪い」「もらいゲロ製造ドリンク」と散々で、流行の終幕に拍車をかけた。

 

 2034

 

「飲む化」ブームのあと、来たるべくして訪れるのが「食べる化」ブームである。2000年代の初頭には具入りの「食べるラー油」がヒットしたが、この頃にも「食べるラード」なるものが意外なヒットを記録する。長く続く健康志向に飽きあきとした消費者が好んだのはむしろ身体に悪い食べもので、器の中に積もった背脂をレンゲですくって食べる豚骨ラーメンも登場。さらに、それに飽き足らなくなったものたちは、ゲンコツと呼ばれる豚丸骨を握りしめ、それをむしゃぶりながら渋谷センター街を往来。不良グループ同士が豚の骨で殴り合う流血騒ぎも頻繁に勃発し、社会問題となる。

 

 2038

 

「食べる化」から派生したトレンドは、ここに結実のときを迎える。すでに食べものを食べものとしてのみ消費する文化は終わりを告げ、人びとは食材や食事に対し「いかに新しい価値を盛り込むか」、ということに躍起となる。そのことで生まれた商品が、実印 with 羊羹、歌って踊れるマヨネーズ、ビニール傘タイプ干しシイタケ、見せない牛丼、発光うどん、全自動豚バラ、透ける味噌、ランジェリー雲呑、といったエポックメイキングなものたちであり、食の趨勢はここで新たな局面に突入。が、やがてそれも数年で廃れていった。

 

 2044

 

モノが溢れる時代は終わり、極力シンプルな生き方を目指すミニマリストが世の中を席巻する。自分に必要なものを見極め、必要のないものは所有しない。そんな人たちが増えたので、身の回りのものは、だいたい食べられるようになった。

食事をしたあとの皿やコップなどはもちろん、テーブルなども食べられる。サクサクとした歯触りとココナッツの風味が大変に美味である。ただテーブルの脚までぜんぶ食するのはマナー違反とされ、かならず一本の脚は残さねばならない(次の客がその脚から食べる)。

また洋服なんかも海藻を主成分とした可食繊維で編まれており、着用後には食べられる。靴はビーフジャーキー、スマホは板チョコ。お洒落な柄のネクタイをよく見てみればタタミイワシである。

ビジネスシーンにおいて使用される名刺ももちろん食べられる。この頃になると、ビジネスマナーもだいぶ様変わりし、ビジネスパーソンたちは交換した名刺をお互いに食べあう。かならず、相手の目の前で食べ切り、その味の感想を言うのが暗黙のルールである。そして、

「御社らしい、上品で温かみのあるお味で」

とか、

「スパイシーで独特の風味には、御社のサービスにも通ずるイノベーションを感じずにはいられません」

などといった世辞を言い合わねばならない。営業職などは一日に何十枚もの名刺を食べなければならないので大変である。また新卒の学生においては、就職活動の最終局面において差し出された重役の名刺を食すという、高いハードルが待ち構えている(ちなみに、このハードルも食べられる)。

いざというとき、どのような言葉で相手方の会社を褒めそやすのか。その語彙を集めた電子辞書がこの年のミリオンセラーとなる。

 

 2×××

 

果たして人間があまりにも食べるもので、この頃にはもう、なにもない。『食べる卒業アルバム』ぐらいでやめておけばよかったのに、おろかなことに人間は、『食べる実家』や、『食べる故郷』まで発売し、みずからのルーツまでをも食べ尽くしてしまった。もはや、赤茶けた土がむき出しの砂漠と化した惑星。

そんな状況のなか、あるベンチャー企業が地底に眠る手つかずの資源に目を付けた。地球内部のマントルに湧き出す巨大な地下水脈。それを発掘することに成功し、ここに来て──世界中が待ちわびていた──まさかの新商品が発売されることになる。

それが、『飲む水』である。

『飲む化』から数えて幾年月。かくして人類は、世紀を超えてここに原点回帰を果たすのだった。

 

 

f:id:hanaana:20160428211631j:plain イラスト/石川恭子