クソ素人のCM添削
僭越ながらテレビのCMなんかを見ていると「もっと、こうしたらいいのに」と思うことがあり、そういう時ぼくなんかはすぐにテレビ局の視聴者総合センターに電話をして、「今のシーン、演出上もっと女優の鼻毛を出していった方がいい」てなことを言うてこましたろかしらんと思うのだけれども、じゃ、そうするかといったらしないのね。
CMというのは、なんちゅかこう、巨額のマネーが動いているのでありまして、自分のようなチンピラクリエイターの「僕こんなん好き。だって、かわいいもん」の一言で済んだら警察はいらん。もといクリエイティブ・ディレクターはいらんのであって、そこにはスポンサーはもとよりものづくりに関わる様々な人の様々な思惑があり、侃侃諤諤の議論を経た結果その内容に落ち着いたということが想像に難くないので、わたしはテレビを見ながら──それがどのようなCMであっても──仙人のような面持ちでウンウンと頷き「みんな、がんばれ」とひとりごち、茶を啜るのみである。
ただ、そのあたりをまるで分かっていないのがクソ素人の友人ハセガワ君でありまして、このハセガワ君、どのあたりがクソ素人なのかというと、自分がクソ素人であることをまるで分かっていないところが真性のクソ素人で、先日も無理やり僕を新宿の安居酒屋に誘い出してこのようなことを言う。
「あのコーヒーのCM。なんちゅうこう、『おしいな』と思てん。画竜点睛を欠く、というか最後の仕上げとなる、肝心なところが抜けてる」。──ああまたこのデリカシーのない男がこういうことを言い出したと辟易しながらぼくは「せやけど君、な、あれはあれでちゃんとつくられてるんやで。僕は現場におったわけやないけれども、プロデューサー・ディレクター・カメラマン・スタイリスト・ヘアメイク。それぞれのプロがプロの仕事をしてはる。見てたらわかる」
「それは分かってるねん。だけど一個だけ、一個だけ、こうしたら『もっと良くなる』というポイントを見つけてしまったんですよ」
と、彼が気勢をあげるコーヒーのCMとはこのようなものである。
【BROOKSロイヤルブレンドCM】
ゴーンという厳かな鐘の音。
畳の上に一杯のコーヒーが差し出される。
琴の調べに合わせ、書家・鈴木猛利が硯で墨を磨る。
硯の上で、艶やかな墨液が滴る。
BROOKSロイヤルブレンドの袋を開けコーヒーをカップにセットする。
真剣な眼差しで半紙に筆を走らせる書家。すっと抜くように文字を払う。リズミカルに筆を運び、ゆっくりと筆を離す。白い紙の上に滑らかな書線があらわれる。
BROOKSロイヤルブレンドにお湯が注がれ、ふわりと白い湯気があがる。
書家・鈴木猛利「お湯を注ぐ時に一番良い香りが入ってきました。とても心が落ち着きます」。
白いシャツを着た書家・鈴木猛利が書斎でコーヒーカップを傾ける。その香りと味わいに二三度うなずきながら、「すごく良いですね」と言う。
(商品解説が流れる)
「惜しい」
「何が?」
「惜しいよね」
「ふつうに、よくできたCMやんか?」とわたしは言った。「──緊張感の漂う静謐な書の空間。その時間をやさしく解く、優雅な香り。コーヒーが与えてくれる安らぎというシズルが映像のなかにしっかりとあるし、コーヒーを飲むことが、なにかとても素敵なことに思えてくる」
「ちゃっ」と、彼は芋焼酎のグラスを置いてチャウチャウ犬のように首をぶるぶると首を横に振り「アホけ!」と雄叫びを上げた。「ちょっと台本書いて」
「台本?」
「このCMの台本。オレ、それを添削するから」
「お前、何様やねん。大嫌いやわ」
「ええから、ええから書いて」
「なんやねん」と、ブツブツ言いながらわたしはスマホを取りだしYouTubeでくだんのCMを再生しながらノートにト書きを記した。それに彼は──なんで持ってたんか知らん──ジャケットの内ポケットから取りだした赤エンピツで赤字を書き加えた。
【BROOKSロイヤルブレンドCM ※ハセガワ改訂版】
ゴーンという厳かな鐘の音。
畳の上に一杯のコーヒーが差し出される。
琴の調べに合わせ、書家・鈴木猛利が硯で墨を磨る。
硯の上で、艶やかな墨液が滴る。
BROOKSロイヤルブレンドの袋を開けコーヒーをカップにセットする。
真剣な眼差しで半紙に筆を走らせる書家。すっと抜くように文字を払う。リズミカルに筆を運び、ゆっくりと筆を離す。白い紙の上に滑らかな書線があらわれる。
BROOKSロイヤルブレンドにお湯が注がれ、ふわりと白い湯気があがる。
書家・鈴木猛利「お湯を注ぐ時に一番良い香りが入ってきました。とても心が落ち着きます」。
白いシャツを着た、書家・鈴木猛利が書斎でコーヒーカップを傾ける。両手でおもむろに硯を持ち上げる。
ング、ング、ング、ング、と力強くのど仏を上下させ、墨汁を飲む。
白いシャツの胸元にだらだらと墨汁がこぼれる。
その香りと味わいに二三度うなずきながら、「すごく良いですね」と言う。
墨汁をすべて飲み干した書家は硯を置き、黒い歯でニコッと笑う。
畳の上のコーヒーカップをゆっくりと持ち上げ、壁に投げつけて叩き割る。
書家「♪ダバダ〜ダ〜バ、ダバダ〜ダバダ〜ダバダ〜ダバダ〜違いが分かる男のネスカフェ・ゴールドブレンド新発売!よろしくね!」
わたしは、ハハーンと唸って「お前、俺の仕事バカにしてるやろ?」と言った。