クリエイティブと鼻の穴

コピーライターの袋とじ

前略 中嶋様 素敵な贈り物をありがとうございます。

※今回のエッセイは極めて個人的な内容であることをご了承ください。

 

先日、埼玉の偉大なる実業家である中嶋さんから「オレには数えで八歳の娘がいる」と突然カミングアウトされました。それは、わたしにとって寝耳に水ならぬ寝耳にメロンソーダぐらいのスパークリングな驚きであったわけですが、仕事で世話になっているということもあり、慌ててその小四になる娘(靴子Ⅱ ※くつこツーと読むそうです)の出産祝いをお送りしたところ、さっそく返礼品が家に届きました。

中嶋さんは最近、自らが大分の出身であるというネタが大変に気に入っているらしく(わたしには何が面白いのかさっぱり分からないのですが!)、口を開けば別府温泉の湯の性質がどう、などともっともらしいことを口にします。

わたしは、彼のそういうところが大嫌いですし、時折これ見よがしに大分名物の団子汁やら関サバの漬けなどをAmazonから送りつけてくるのも悪質です。そのときもどうやらそういったものが送られてきた「らしい」のですが、箱の中身が何であったかは知ることができませんでした。

 

──その時、わたしの身になにが起こったのか。

 

当時の凄絶な顛末を中嶋さん宛の礼状にしたためましたので、ご本人に掲載許可を取った上でここに紹介させていただきます。

なお冒頭でも触れましたが、今回の内容は極めて個人的なものです。一部ナイーブな記述もございますが、テーマの性質に拠るものであり何卒ご理解賜りますよう重ねてお願い申し上げます。

 

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前略 中嶋様

 

 

先日ヤマト便の人が呼び鈴も鳴らさずに家のドアを蹴り破り、苦虫をかみつぶしたような顔で無愛想に「これ」と放ってよこしたのが中嶋さんからのお届けものでした。

荷物は受け取った時点ですでに血塗れており般若心経のような文字が包装紙にびっしりと書き込まれてありました。また裏にはケダモノの肉片らしきものがへばりつき、それを見るなり妻が「毒サソリが入っている!」と大声を上げました。

「あなた、その呪わしい荷物を今すぐに焼き払って!」と錯乱する彼女を制止しながら、念のため自宅に常備していたガイガーカウンターで放射線量をはかってみると測定器の針が猛烈な勢いでマックスを振り切り白煙を上げて爆発しました。

 

不審物発見時における三大原則は、「触れない」「嗅がさない」「動かさない」。

そのことを思い出したわたしは妻と話し合い「慎重に取り扱おう」と決め、一一〇番通報して電話口で詳しく状況を説明しました。

しばらくしてやってきたのは対爆スーツに身を包んだ米軍の特殊部隊。アフガニスタンの激しい戦闘のなか危険な爆発物の処理を幾度となく行ったという対IED(簡易仕掛け爆弾)特別処理班のエキスパートです。

「テロの可能性が考えられる」と告げると、彼らは近隣住民とともにただちに避難するようにわたしたちに告げました。

車で妻と子どもを安全な場所にまで送り届け、わたしは何も告げずに閑散とした裏路地を通り自宅まで走って戻りました。不審物とはいえ、中嶋さんからいただいたお届けものの中身がどうしても気懸かりだったのです。──

 

生ぬるい風が頬を撫で、次第に夕空が黒く染まってポツポツと雨が降り始めました。

やがて激しい夕立となり周囲に閃光が瞬きます。

地面を揺るがす巨大な太鼓のような雷鳴。

雲間から青白い亀裂が走ると同時に凄まじい爆発音が轟きました。

 

悪い予感がしました。

自宅前の道路に積み上げられた土嚢を飛び越えたときに、泥水を踏んで靴は汚れ息もきれぎれになって門をくぐるとすでに家は猛火を吹き上げ、為す術もありませんでした。

大声を上げて崩れ落ちたところで特別班の隊員に抱えられ、そこからの記憶はありません……。

 

聞いた話によると、折からの強風に煽られ火は鎌倉市全域に延焼。市内の歴史的建造物や国宝をすべて焼き尽くしたそうです。

 

現在、わたしは家族とともに大船駅前のガードレールのそばで身を寄せ合って暮らしています。

春めいてきたとはいえ、夜半の冷え込みは激しく小学生の息子は毎日「寒い、寒い」と言って泣き叫んでいます。

 

「あの荷物さえ、届かなければ」。

 

いいえ。そんなことを言うものではありませんね。

人間万事、塞翁が馬。

あのときのショックがきっかけで妻は超能力を身につけ、今では「エスパーの嫁」としてサイコキネシス、テレポーテーションなどを駆使して災害復旧の現場を飛び回り大活躍しています。

 

「同じ境遇の人たちの笑顔を見るのが楽しい」と、被災地から戻るたび、彼女はいきいきとそう語ります。

そして、食うや食わずの生活のなかで慰みになるのは彼女が冷たい壁に念写するあたたかいごちそうの映像です。

それはマッチ売りの少女が灯すささやかな炎のように、一本の擦付木を擦ると同時に束の間の幻影を目の前に映し出します。

 

今日は妻の好物である魚料理と九州・大分の特産である団子汁を念写しました。

「いつかまた、こんなごちそうが食べたい」。

その願いを忘れないように、彼女の映す情景が消え去る刹那、スマホで撮影することに成功しました。

「ほら、撮れたよ!」

そういって振り返ったとき、妻はマッチの燃えかすを抱えて微笑みながら死にました。

このたびは、素敵な贈り物をどうもありがとうございました。

 

 草々           

                                 村田武彦

 

 

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イラスト/石川恭子