クリエイティブと鼻の穴

コピーライターの袋とじ

湯河原とシズル感

舛添都知事がボコボコである。政治資金の公私混同疑惑が指摘され、都議会における代表質問でも厳しい追及がやまない。一連の問題の発端となったのが、プライベートでの公用車の使用だ。毎週末、舛添都知事はみずからの別荘のある温泉地・湯河原へ公用車(黒塗りのアルファード・運転手付き)で通っていたというのである。

公明党・上野都議は強い口調でこのように舛添都知事を糾弾している。

 

 

湯河原への公用車の使用は、リーダーとしての責任感の問題であります。(中略)強力なリーダーシップが求められる知事が毎週、湯河原にいてよいはずがありません。

 

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昨年九月十日、茨城県常総市を豪雨が襲いましたが、都内でも一部地域で大雨が降っておりました。知事の命を受け職員が奔走する中、知事ご自身は公用車で湯河原に向かっていたのであります。

 

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十一日朝には都内で大きな地震がありました。このときも知事は湯河原にいたのであります。(中略)今年一月十五日、都内在住の学生らが乗ったスキーバスが長野県内で事故を起こし、多数の犠牲者が出ました。そのときにも湯河原にいたのです。ここまでして湯河原に行かなければならない理由は何なのでしょうか。

 

 

この代表質問を聞いて感じたのは、「湯河原」という言葉の持つ、あまりにもたっぷりとした「シズル感」である。「シズル感」という言葉を聞き慣れない人がいるかもしれないけれど、これは、主に広告業界で使われる言葉で、肉が鉄板の上で焼けるジュージューといった音や、新鮮な野菜のみずみずしいグリーンの発色など、五感に訴える広告表現のことをいう。商品の撮影現場では、アートディレクターが「もうちょっとシズル感を出したいので、食材をアップで撮ってください」とカメラマンに指示を出したりする。

 

湯河原、という言葉に内包された「しっとりとした響き」「湯けむりなムード」「リゾートの趣」。公明党・上野都議はそんな「湯河原」のシズル感を認識したうえで、緊急時のシチュエーションと対比させて使用することにより舛添都知事の怠慢・懶惰さを指摘しているのだった。

 

これはなかなか高度なテクニックであり、この代表質問を聞いた多くの人は、非常にケシカラン! という印象を持つにちがいなく、じっさいにわたしも、頭にタオルを乗せた舛添都知事がのんびりと湯に浸かり、深緑山々を眺めながら地酒をクイッと一杯。また、風呂上がりには湧き出る源泉に浸してできた「温泉玉子」をほおばり、「ええわ〜」「ええわ〜」言うてる様子をまざまざと思い浮かべたのであり、それらはおしなべて「湯河原」のもつ響きに拠るところが大きい。

そこでふと疑問に思ったのは、もしも同じ文脈のなかで「湯河原」が別の名称であったとしたら、同様の感慨を抱き得たものであろうか──?ということである。

 

たとえば「西日暮里」であったらどうか。

 

そのことで、舛添都知事のイメージはどのように変わるのだろうか。検証してみたいと思う。

 

 

西日暮里への公用車の使用は、リーダーとしての責任感の問題であります。(中略)強力なリーダーシップが求められる知事が毎週、西日暮里にいてよいはずがありません。

 

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昨年九月十日、茨城県常総市を豪雨が襲いましたが、都内でも一部地域で大雨が降っておりました。知事の命を受け職員が奔走する中、知事ご自身は公用車で西日暮里に向かっていたのであります。

 

*

 

十一日朝には都内で大きな地震がありました。このときも知事は西日暮里にいたのであります。(中略)今年一月十五日、都内在住の学生らが乗ったスキーバスが長野県内で事故を起こし、多数の犠牲者が出ました。そのときにも西日暮里にいたのです。ただ、ここまでして西日暮里に行かなければならない理由は何なのでしょうか。

 

 

ふしぎと、腹は立たないのだった。だが「西日暮里」という言葉のもつ匿名性からか、都知事がそんなにも西日暮里に行きたがる明確な動機が見出せず、なにやら非常にミステリアスである。布か。布を仕入れに行ったのか。何柄だ。何柄のオーダーカーテンだ。同じ西がつく地名でも「西川口」だとまたニュアンスが大きく変わってくるが、詳しく語るのはやめておく。

 

では、「どらっぐぱぱす」であったらどうだろうか。

 

どらっぐぱぱすへの公用車の使用は、リーダーとしての責任感の問題であります。(中略)強力なリーダーシップが求められる知事が毎週、どらっぐぱぱすにいてよいはずがありません。

 

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昨年九月十日、茨城県常総市を豪雨が襲いましたが、都内でも一部地域で大雨が降っておりました。知事の命を受け職員が奔走する中、知事ご自身は公用車でどらっぐぱぱすに向かっていたのであります。

 

*

 

十一日朝には都内で大きな地震がありました。このときも知事はどらっぐぱぱすにいたのであります。(中略)今年一月十五日、都内在住の学生らが乗ったスキーバスが長野県内で事故を起こし、多数の犠牲者が出ました。そのときにもどらっぐぱぱすにいたのです。ただ、ここまでしてどらっぐぱぱすに行かなければならない理由は何なのでしょうか。

 

 

公明党・上野都議の言葉を借りるまでもなく「そこまでしてどらっぐぱぱすに行かなければならない理由は何か」と自分も心底思う。思い当たることといえば、どらっぐぱぱすのマスコットキャラクター「ぱぱすおじさん」と舛添都知事の髪型がかぶっていることぐらいである。わたしは、職にあぶれニートをしていたとき、足しげくどらっぐぱぱすに通っていた。ドリンク類が安く髪染めなどもお手頃価格である。また、お買い上げ一〇〇円につき一ポイントをもらえるほか、毎週日曜日はポイント五倍デーとなるためポイントもすぐに貯まり、商品券などに代えてくれるので非常にオススメだ。

 

もし舛添都知事がこの先、東京都知事の座を追われることになったのなら、もう一度市井の都民──名もなきぱぱすおじさん──として、西日暮里のどらっぐぱぱすで庶民感覚を取り戻してほしいものだと思う。

 

 

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 イラスト/石川恭子